Ma.K. NIXE ニーゼ完成~撮影しました!

「the SNAKE EYE story」 第6章 Roll Out ~起動~

「the SNAKE EYE story」 第6章 Roll Out ~起動~

日の出前の薄闇の靄の中、ドナンはいつもと同じように村はずれの祠へ向かった。そこには小さなマリア像があり、その前にひざまづくと母の病が良くなるようにと祈った。
そして夕べのクロウとの腕相撲勝負を思い出していた。負けはしたが気分が良かった。あの墜ちてきた男、面白い奴だ。祝祭で痛飲したドナンだったが、その後、ギベオンのガレージから飛び出てきたあのスネークアイを見て酔いがいっぺんに醒めてしまった。
祈りを終え、顔を上げると祠の背後の靄の中に黒い影があった。昇り始めた朝日が後光のように影に射し込んでいる。
「マリアさま…?」
ついに自分の祈りが天に届いたのだと思った。影には二本の脚があったからだ。
しかし影は大きかった。村で一番大柄なドナンだが影は自分の背丈の何倍もあるように感じた。
「マリア様け?」
立ち上がり問いかけたドナンの声がきっかけで影が動き出した。鉄がきしみ、エンジンの作動音がはじまった。影が脚を持ち上げた。鉄の足が地面を叩いた。ドナンは悲鳴を上げた。
靄から現れたのはトノサマガエルが折り畳んだ脚を伸ばして立ち上がったような格好の無人兵器クレーテだった。

深夜から翌未明までクロウの緊急手術を終えたアンは、そのまま診察室のソファに倒れ込むようにして眠り込んでいた。
その耳に誰かの叫び声が聞こえてきた。
「逃げろー!」
夢かと思ったが、声は次第にはっきりしてきた。
「シュ…シュトラールが攻めてきたぞー!」
アンは「シュトラール」と聞こえてギクリとして目を覚ました。
ソファから跳ね起きた。節々が痛む。化粧も落とさず寝てしまったと思った。着替えもしていない。真っ白だったスカートは手術の返り血を浴びて、そこは今はもう赤茶色に変色していた。
窓から顔を出すとドナンが大きい体を揺すって向こうから走ってくる。「ドナン、どうしたの!?」
息も絶え絶えにドナンが必死の形相で叫ぶ。
「アン先生、逃げろ!シュ…シュトラールが!」
夕べ、ガスクが来てガレージから出たスネークアイの起動信号がシュトラールに発見されるかもしれないと話していた。ギベオンはあらゆる信号を遮断出来るガレージは安全だが外に出てしまったらどうしようもない、と言っていた。
ドナンの走ってきた方向から何かがやってくる。あれは見たことがある。レジスタンスの資料に出ていた二足歩行兵器クレーテだ。
「ドナン、あなたはこのまま走って村に知らせて。わたしはクロウを連れて逃げるわ」
「わ…わかった」
アンは地下室に降りるとまずガスクとギベオンに緊急警報を打った。ドナンとガスクとギベオン、三者が同時に村に知らせれば避難は早い。
次に本部へ電信を打った。敵襲を報せる暗号だ。短く返信があった。「健闘を祈る。生き延びろ」
アンが地下室から出ようと振り返った。
「!」
クロウが立っていた。起きあがれる体ではない。そしていまの暗号を見られたのなら口を封じなければならない。
「シュトラールが来るのか?」
「そうよ、夕べの騒ぎのせいであのスネークアイの信号がみつかった」
「オレはあんたがレジスタンスだと知った」
アンは通信機のそばにあった拳銃に飛びつき銃口をクロウに向けた。二人の沈黙の頭上でクレーテ二機の足音が響く。
「自分で治療した患者を銃で撃つのか?」
アンの手は震えている。
レジスタンスに入ったことは後悔していない。
死にたくないがその覚悟はしているつもりだ。
しかしひとつだけ恐れていることがある。それは自分が人を殺すことだ。医師として、人として、殺人を犯すことがなければいいと思っていた。だがそれは甘い考えだ。レジスタンスに身を投じて手を汚さずにいられるわけがない。
「あなたはベッドで寝ていれば良かった。こんな村に墜ちてこなければ良かった」
アンは必死に銃の撃ち方を思い出そうとしていた。人を撃つのではない、銃を撃つだけだ。そう自分に言い聞かせているが銃を構える手の、全身の震えはますますひどくなる。
「あなたが墜ちてこなければ!」
アンは引き金を引いた。
クロウの後ろの壁が爆ぜた。硝煙が地下室に漂う。
その瞬間、クレーテの機銃掃射の凄まじい音が診療所を襲った。
クロウはアンに覆い被さり伏せた…。

アンは涙を流していた。そして銃を持ったままへたりこんだ。
「スカート、オレの血で汚れちまったな」
アンは自分が五歳くらいに戻ってしまったように頷いた。手の中の銃はクロウの手に包まれるようにして取り上げられた。
「もう大丈夫だ」
アンはクロウに支えられるようにして地上の部屋に出た。診療所が破壊されていた。
クレーテは行ってしまったようだ。
「村に行かなきゃ!」
アンは我に返った。

ガスクはギベオンのガレージへ走った。
村人には避難を指示して兵器には絶対に手を出さないよう言った。クレーテは五十年以上も前の兵器だ。AI性能は極めて低い。アンからの信号ではたったの二機、旗艦機がいないということは威力偵察機で間違いない。クレーテは敵や異変を察知しない限り、発砲も録画も通信も行わないはずだった。
ガレージの扉は開いていた。
「クレーテは?」
ギベオンはスネークアイからケーブルの束を外す作業をしながら聞いた。
「二機、まっすぐここに向かっておる。このスネークアイが目当てじゃな。どうする?」
「惜しいが爆破する。こんなものがみつかればここはレジスタンスの村になる。今日生き延びてもすぐに村人まで皆殺しじゃ。幸か不幸かこいつの装甲は大気圏突入の熱で変質して脆くなっとる。ここにある火薬量でも十分に吹き飛ばせる」
「わしらはどうする?」
「卑怯じゃがこいつと一緒に吹き飛ぶのはどうじゃ?」
「潮時か」
ギベオンとガスクは一瞬視線を交錯させ少し笑った。
「こんな歳まで生きられるとはの」
「あの日ゴビの砂漠で死んだあいつらに老いぼれめ、と笑われるわ」
ギベオンはスネークアイの情報を一つの端末にまとめ、暗号化している。機体データを本部へ送るためだ。

27号機と57号機はお互いのカメラアイの画像を共有しながら村へ侵入した。
何人かの村人を確認。先ほどは銃声の聞こえた人家を掃射。録画開始。
逃げ出す村人が持っているのは農具ばかりで武器としては認められない。だからこちらから発砲もしない。
さらに奥へ進み、スネークアイの信号の発信地へ向かう。

ガスクはドアから外を覗いた。
「来たぞ」
ガレージの奥のギベオンに叫んだ。
サンドイエローのクレーテが二機立っていた。立ち止まったまま進んでこない。恐らくギベオンの仕掛けた地雷を認識して歩けるところを探しているのだろう。
昔からクレーテは動きがのろい。しかしその牛歩は常に確実だ。ギャンブルはしない。遅いが確実にこちらへやってくる。
そこへどこからともなくエンジン音が響いてくる。バイクだ。アンがハンドルを握り、後ろにはクロウが乗っている。
バイクはクレーテの横をかすめ、そのままガレージに突っ込んできた。
クロウはバイクから降りた。
「スネークアイは?」
「ここは爆破する。死ぬぞ」
ガスクがクロウの前に立ちはだかる。
「オレがスネークアイで出る」
「だめだ」
「村が焼かれるぞ」
「なにもしなければやつらも何もせん」

そのときガスクはクレーテの背後に人影を見た気がした。
カイだった。
手に干し草用のフォークを持っている。まさか…
カイはクレーテにどんどん近付いている。そして、槍投げのようにフォークを構えた。
「やめろ!」
カイがフォークを投げた。57と書かれた機体の砲塔に当たり、鈍い金属音が響いた。フォークは地に落ちた。クレーテは砲塔だけ素早く回すとカイに向けて55mm砲を撃った。カイが倒れた。
「カイ!」
アンが叫んだ。
クレーテは歩行して散開、機銃掃射で家々を破壊し始めた。

クロウはモルヒネをもう一本打った。
痛みはまだ残っている、しかしこれ以上打てば意識が朦朧としてしまう。
ガスクはカイの倒れた姿を見ている。
「あのクレーテを破壊する」
クロウはスネークアイに駆け寄った。クレーテの銃声は絶え間ない。キベオンが近付く。
「皮肉なもんじゃが昨日の騒ぎのおかげでだいぶ調整が出来た。機体保護のプログラムが出力を抑えておった。エクサイマーレーザーの照準、バランサーの調整、それにスラスターは昨日より出力が上がっとるはずだ」
「さすがだな。で、このバーと装甲は?」
スネークアイのボディやアームに沿うように曲げられた鋼鉄の棒が取り付けられている。そしてあちこちに装甲板が付け加えられていた。
「大気圏突入時の高温で装甲が変質しとる。本来の強度なら昨日の地雷程度ならビクともせんはずじゃが、確認したら機体がへこんどった」
「脆いってことか」
「うむ。クレーテごときの銃弾でも貫通してしまうかもしれん。万が一、転んだり衝撃が加わった場合も機体がゆがんで動作不良を起こす可能性がある。役に立つかわからんがガードをくっつけてみた」
「助かる。出るぞ」
「最後に」
ハッチを閉めようとしたクロウをキベオンが押しとどめる。
「このスネークアイは宇宙用じゃ。クレーテものろいがそれ以上にこの機体も地上ではのろい。脚が短い分、方向転換すら5歩から10歩を要する。機動力では牛並じゃ。勝機があるとすればそのエクサイマーレーザーの大出力じゃろ」
「わかった。とにかくあんたらも逃げてくれ」

クロウは置いてあったバイザーを被り、ハッチを閉めた。
低い動作音とともにバイザーの電源が入る。ガレージ内が映し出され、様々な情報がディスプレイに表示される。すぐに識別信号を切った。記憶喪失のはずが、絶え間なく表示されるデータや数値の意味がすべてわかる。乗り慣れた感覚がある。
スネークアイは取り付けられていたケーブル類を引き千切って歩行を開始した。

クレーテは戦況を録画している。攻撃が完了したらデータを圧縮して人工衛星経由で基地へ送信する。つまり基地では現在クレーテがどういう状況にあるかはわからない。データを送信されてしまえばレジスタンスの村だということが露見してしまう。その前にクレーテを破壊しなければならない。
昨日、空いたガレージの壁穴からスネークアイを外に進出させた。クレーテの姿は見えないが銃声が聞こえる。目の前に見える家はすべて破壊されていた。
クロウは機体をゆっくりと歩かせる。陸地を歩くのは妙な感覚だ。自分は長いこと宇宙にいたのかもしれない。ディスプレイに映し出された情報によると敵機は二手に分かれている。

村人たちは崖の上から自分たちの村が掃射されているのをただ見ていた。
自分の家が撃たれ、崩れ、燃え上がり涙を流している者もいた。
村の東側、27と書かれた機体の背後にスネークアイが近付いていく。クレーテはスネークアイの接近を感知していない。
避難したガスクがギベオンに聞く。
「なぜあの男はレーザーを撃たん?」
「わからん。あのレーザーなら一撃でクレーテを撃破できるはずじゃが…」
クロウはスネークアイを出来る限り静かに動かした。手にはカイが投げたフォークがある。さっき拾っておいた。カイがいいアイデアをくれた。
スネークアイはクレーテの直後まで来た。するとスネークアイは右手に持ったフォークで思い切りクレーテを突いた。するとクレーテはカイにしたのと同じように砲塔をぐるりと回転させ後ろを向いた。スネークアイはその砲塔前面に向かってまたフォークを突き出した。
金属同士の当たる音がした。
クレーテが脳震盪でも起こしたようによろめきだした。スネークアイはよろめくクレーテを放って離れていく。
双眼鏡で様子を見ていたギベオンがつぶやく。
「あの男、クレーテの眼を潰しおった…」
ガスクが双眼鏡をひったくった。見るとクレーテのカメラ部分がひしゃげてあらぬ方向に曲がっている。あの様子だと見えてはいるがその像はかなり歪んであらぬ方向を向いてしまっているのではないか。
スネークアイは歩行から徐々に軽妙とも言えるような「走行」を見せ始めた。そしてもう一機のクレーテ57号機に向かう。こらちは索敵している。
崖上から見る村人は、固唾を飲んで見守るがスネークアイは不用意にクレーテの前に姿を現しフォークを投げつけた。クレーテは機銃を発射してフォークを「迎撃」した。
逃げ出すスネークアイ、追うクレーテ。上から見ていると二機の駆け足は二十世紀の喜劇王の無声映画のように滑稽だった。なにもわかっていない幼子はその様子を見て笑っていた。
しかしガスクとギベオンは目を疑った。スーツ系兵器とクレーテでは走行速度はまったく違うはずだった。脚のコンパスの長さが圧倒的にクレーテの方が大きく一完歩の差が速度に如実に表れるはずだった。
「最近のスーツ系はあんなに速いのか?」
ギベオンも信じられないといった顔付きだ。
「わからん…しかしあの動きは見たことがある…」
「まさか、五十年前か…?」
アンはカイを抱き起こして崖上まで連れてきていた。母親のベルが駆け寄る。カイは弾が掠めたが、その衝撃で脳震盪を起こして気を失っていた。クレーテは動かない者は撃たない。そしてアンはガスクとギベオンの会話をすぐ後ろで聞いていた
老人二人はアンのつぶやきに振り向くしかなかった。
「アバドン…」

スネークアイはどんどん走っていく。
そして先程のカメラを破壊されたクレーテが見えてきた。
クレーテが再び同期を開始する。27号機と57号機のAIに送られる動画が修正され合成されていく。スネークアイはクレーテの合間に立ち止まった。ダメになったクレーテのカメラをもう一方のクレーテのカメラに切り替えて、写し鏡のようにして戦うのだ。
「ここからだ」
クロウにはなぜかクレーテの挙動が手に取るようにわかった。かつて戦ったことがあるのかもしれない、と思った。
二機の銃口がスネークアイを捉える。同時に銃口が火を噴いた。
スネークアイは横に倒れ込むようにしてダッシュした。クレーテの弾道はスネークアイを捉えきれない。スネークアイは信じられない速さでターンした。
ギベオンとガスクは自身の服の下を冷たい汗が流れるのを感じた。目の前で加速していくスネークアイの挙動は五十年前にゴビ砂漠で見た友軍であり自分たちが裏切り、シュトラールと十字砲火を浴びせたアバドン隊の動きだった。
スーツ系兵器の足は極端に言えば「箱」の形をしている。人間や動物のような指もなく、なめらかな動きも出来ない。だからどうしても地面と足の裏を平行に動かす、文字通り機械のような動きで大地をグリップしていく。その歩みは地面の状況によっては人間のそれより遙かに遅くならざるを得なかった。
しかし五十年前のアバドン隊は違った。
かかとやつま先の角を使って、信じられないようなバランス感覚でその場で三六〇度のターンができた。ターンしながらレーザーを撃ち、目の前の傭兵軍を打ち倒し、次の瞬間背後のシュトラール機を破壊する、そしてそこを離脱して次の敵機を撃つ、その鬼神の如き闘いをガスクとギベオンは、寒風吹きすさぶゴビの砂漠でかつて、たしかに見た。
二機の機銃掃射を避け続けるスネークアイは確かに見事だがこのままではいつか被弾する。そして当たればいまの装甲強度では弾丸は貫通しクロウは死ぬかもしれない。
「なにを狙っておる?」

クロウは待っていた、クレーテ二機が完全に同期するのを。AIが導き出す最も効率的な射撃方法は二機の動きを同じにするはずだった。クロウは二機のクレーテとの距離を常に一定に保った。
そして二機の発する弾丸が空中で激突した。完全に射撃のタイミングが同期したに違いない。スネークアイはその瞬間ひょいと飛び上がった。歩行するのも鈍重なスーツが軽々とジャンプするのも信じられないことだがその「異常さ」がわかるのはガスクとギベオンとかろうじてアンだけだった。
飛び上がったスネークアイは、スラスターを全開にした。数発の銃弾がスネークアイに命中した。
しかしそのほとんどの弾丸はクレーテを互いに縦に掃射した。砲塔部前面の装甲がない部分に弾丸が吸い込まれた。二機のクレーテは西部劇の決闘のように同士討ちをして大きな音を立てて倒れた。
スラスターを最大出力にした機体はそのまま宙を飛んで見えなくなった。

to be continued 第7章 SWALLOW TAIL

Ma.K. in SF3D ARCHIVE 2010.3-2011.2 vol.1

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